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広島原爆のマレーシア人唯一の生き残りが死去

2013年07月22日 13:18 JST配信

【クアラルンプール】 広島の原爆投下を生き残った唯一のマレーシア人であるアブドル・ラザク・アブドル・ハミドさんが18日、クアラルンプール(KL)市内で亡くなった。88歳だった。胸の痛みを訴えて市内の病院に収容されていたという。

生前は同僚や教え子たちから日本語の「先生」をつけて「センセイ・ラザク」と呼ばれて親しまれていたという。

アブドルさんは旧制・広島文理科大学(現・広島大学)の学生だったが、原爆が投下された1945年8月6日の朝は授業に出るために爆心地から1.5キロメートルほどにある大学に向かっていたところだったが、間一髪、難を免れた。

学業継続を諦めたアブドルさんは帰国したが、日本語教育の普及と両国間の理解促進のための活動に尽力。当時のマハティール・モハマド首相の目にとまり、1982年に「ルックイースト政策」に協力した。

(ニュー・ストレーツ・タイムズ、7月19日)

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